キコニア:都雄とミャオ
※2019/10/04 07th expansionより発売の『キコニアのなく頃に(Phase1)』のネタバレを含みます。ご注意ください※
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では、先天性パラレルプロセッサーが「多重人格障害とは根本的に異なるメカニズムからなる」という説明をした。
上記の前提を踏まえると、作中の扱いでやや不自然な点が生じる人物がいる。
主人公の御岳都雄である。
基本は気が強くまじめなリーダーシップのあるしっかり者だが自分の言葉がキツすぎたのではないかと凹んでしまう弱さや寂しがり屋の面もある令和の覇権を狙えるバクモエ主人公だ。超かわいい。
都雄だが、全く同じ肉体で「ミャオ」という名前を名乗っている場面がある。相棒のジェイデンは、「都雄とミャオは肉体を共有しているが完全な別人」として扱い始めることになり、ミャオと恋仲になる。
ここで問題となるのが、ジェイデン自身はパラレルプロセッサーに対する知識がほとんどなく、さまざまな誤解をしているという点である。作中でも他のガントレットナイト達からたびたび叱責を受けている。
ミャオが初めて登場したのは、都雄の相棒であるジェイデンが通信手段であるキズナを切って徒歩数駅分も離れたゲームセンターに行った時。ジェイデンがそんなことをした理由は「都雄のお小言のあとに褒め言葉が貰えなくて凹んでいたから」である。感情が重い。
で、連絡手段であるキズナを遮断して数駅歩いたのにいまいち気が晴れずガントレットナイトのゲームで気を紛らわせる。
晴れ晴れした気持ちでキズナを入れると、フレンドが近くにいることがわかる。
不自然に逃げる相棒を追って問い詰めるといつもと様子が違うような気がする。そこで更に重ねて「ひょっとして都雄だけど都雄じゃない別人格か?」「女の子?」「もしかして化粧してる?」「名前は?」とどんどん訊ねていく。都雄自らの発言ではなくジェイデンによる質問に回答する形である。ここまで、ぱっと見は少し不思議なボーイミーツガール劇である。
ただシンプルに「双子の兄妹が同じ肉体を共有しているようなもの」と考えるには、いくつか不自然な点がある。
第一に、「ミャオ」の存在は相棒のジェイデンさえ知らなかったような存在であるにも関わらずあっという間にガントレットナイトの間で共有されている。隠したくて隠していたなら、これは明らかにおかしい。というか、父親である藤治郎さえ一言も「ミャオ」について触れていない。
第二に、結婚の話題の時に誰一人「戸籍は1つしかないんだからもしミャオとジェイデンが添い遂げたいとしても都雄の意思を聞かなければ」という提案をしていない。目の前のことでいっぱいいっぱいなジェイデンはまだしも、「ミャオが結婚してしまったら都雄に好きな相手ができた時に困るんじゃ? AOUでは重婚は認められているの?」とは言っていない。近親婚にまで触れて重婚問題についてスルーしているのは不審すぎる。補足だがこの後「都雄」に恋愛トークを振った人物はジェイデンのみである。
第三に、ミャオ自身もガントレットナイトであると主張している。しかしミャオが戦闘中に現れたことはない。
第四に、都雄とミャオの切り替えはどうやら非常にスムーズに行えるものらしい。なら最初に出会った場面、ジェイデンに見つかりたくなかっただけなら即座に都雄にバトンタッチすれば良かっただけのことなのである。まず人目を避けたいなら遠方に遠出するだけでなく服装もガラッと変えるはずである。
第五に、兄弟の日のフラグメントのこれ。違和感がないだろうか。立ち絵は完全に「ミャオ」の表情である。初めて読んだ時、てっきり最後に言いすぎてしまった都雄にミャオが怒るシーンが挟まると思った。しかしそのようなことは特になかった。
これらの情報を踏まえると、一つの仮説が浮かび上がる。
つまり「ミャオというのは御岳都雄の人格の一側面であり、他人に優しくしたいと思っている部分。もともと存在していたがゲームセンターでの話以前には名前がなかった。ジェイデンによる質問を経てどんどん意味付けが付与されていって今の形になった」ということである。
これはジェイデンの認識である「生まれつき兄妹として育ってきた」という感覚とは著しく状況が異なり、ツイッターアカウントの切り替えのようなものである。特技や嗜好などが根本から変わるわけではないので他のガントレットナイト達は「都雄はジェイデンが好き」と認識しているから重婚問題については触れない、と推測できる。
長々書いたが、結論から言うと、ぶっちゃけそれでも問題はほとんどない。
人の性格というのは場面によってある程度変動するものである。SNSアカウントでHNを使って好き放題言っている自分を仕事に従事する際に持ち込んだら即クビだ。恋人に甘えるように見ず知らずの他人に接していたらトラブルだらけだ。この辺りの使い分けは誰しも、ある程度行なっていることだろう。
心優しいミャオとしての側面は決して演技や誤魔化しではない。それもまた御岳都雄という人物を構成する大事な側面である。
ジェイデンがやらかしたかのように書いてしまっているが、都雄だってガントレットナイトの相棒をしているときに恋人のベタベタ感を持ち込まれたくはないのだ。区別するのはむしろ望ましいことと考えると、相棒兼恋人をやる上ではとても好都合だ。
ジェイデンが肉体の性別は気にしないと宣言した以上、男でも女でも両性でも無性でも大したハードルにはならないだろう。めでたしめでたし。
……。
実はそうも言っていられない事情がある。青いあの都雄である。預言者を名乗る彼の言ったことはおそらく大筋では当たるのだろう。
phase1を読んだだけでも御岳都雄という人物がいかに責任感が強いかが伝わってくる。一方で彼には、仲間からの一言に一喜一憂してしまうような少し脆い部分もある。
また、
との発言から、「都雄の存在が皆を殺し合いに向かわせる」というのは生命活動の維持の有無ではなく、彼がリーダーシップに富んだ士気の高いエースという今の振る舞いであることを問題にしているように思う。
となれば今後間違いなく都雄は「俺なんか本当にいなくなったほうが世界や皆のためになるのかもしれない」と思い悩むことになるだろう。
そのタイミングでジェイデンが、
「あーやっぱりミャオちゃんは優しいなあ! お小言の多い都雄なんかとは大違いだ」
とでも言ってしまおうものならこの一言だけで「都雄」が「ミャオ」に完全にスポットを譲渡する可能性は非常に高い。最悪ツイッターの垢消しみたいにスッと消える可能性さえある。
しかもジェイデン、作中でこれに似たことをやらかして何度か他のガントレットナイトに咎められている。
主人公の人格が完全消滅しておしまい、はあまりに後味が悪い。
しかもジェイデン自身だってそんなことは望んでいないのである。
上記の見解から結論は一点。
大事なことはちゃんと直接言おう。