ちとせあめ

なごみ(@higuumi753)07th expansion様の作品について、長文になりがちな考察をメインにアップしていきます。新規情報の追加や新たな視点からの考察の結果記事同士が多少矛盾することもあるかと思いますがお目溢し頂ければ幸いです。

地獄の底をのぞいたら【キコニア:サンプル】

取り扱いショップ:https://higuumi753.booth.pm/items/2483203

11/8(日)オンライン開催の07thParty07「黄金郷ペロクンカ騎士団」にて発行予定の『地獄の底をのぞいたら』サンプルです。
見本として第1章約3600文字をフルで掲載致します。全40000字超えと少々長くなっておりますが、ご興味があれば是非宜しくお願い致します。
(ウェブ掲載用に一部の文字色を変更したりしております。同人誌版はモノクロ刷です)

第1章 はじめに(p.3-10)

第2章 キコニアにおける心理学的人物解釈(p.11-43)

第3章 「なく頃にシリーズ」としての位置づけ(p.44-66)

第4章 おわりに(p.67)

Appending. キコニアの「魔女」(p.68-95)

引用文献(p.95-96)

 

第1章 はじめに

第1項 「プレイヤーの席は与えない」?

今作「キコニア(以下、キコニア)」というゲームについて、読者として求められる姿勢は何であろうか。以下に作品紹介を述べる。

“いいえ。惨劇に、抗う必要はありません。駒の仕事は惨劇の渦中に踊ること。ゲームのルール? 難易度? 私たちが決めるし、あんたには関係ない。お前たちは取ったり取られたりして、私たちが喜ぶような喜怒哀楽を見せればいい。いいこと? 勘違いしないことよ。お前は私の対戦相手じゃない。私を楽しませる為の、駒に過ぎないの。今度のゲームは、あんたにプレイヤーの席なんて与えない!”(キコニア『ストーリー』)

前作「うみねこのなく頃に(以下、うみねこ)」においても、作品紹介にGMからのメッセージが掲載されている。

うみねこのなく頃に、ひとりでも生き残っていればね…? 貴方に期待するのは犯人探しでも推理でもない。貴方が“私”をいつ信じてくれるのか。ただそれだけ。推理がしたければすればいい。答えがあると信じて求め続けるがいい。貴方が“魔女”を信じられるまで続く、これは永遠の拷問。”(うみねこ『作品紹介』)

“魔女”を信じてくれることを期待する、というGMの目的が最初から明らかにされている。

おそらくキコニアにおいても、本当に読者にプレイヤーの席は与えられていないのであろう。呼びかけている相手が読者であるという保証も存在しない。「うみねこ」においては碑文の謎というルールが提示され、それを制限時間内に解くことが求められていた。しかし「キコニア」のPhase 1においては何を謎として解き明かせばいいのか明示されていない。まさにプレイヤーの席が与えられていない印象である。

本論では、「キコニア」Phase 1における描写を慎重に精査し、過去作との比較の観点から解釈することによってこの物語を理解するうえでどのような点に着目していけば良いのかを模索していく。

 

第2項 考察可能なポイントの模索

「キコニア」は第三次世界大戦以降の世界(以下、A3W)を舞台にしている。A3Wにおいては、2020年現在では存在しない科学技術が飛躍的に増えている。また、竜騎士07氏が

“『キコニア』は、推理や考察を義務化していない作品になっているんですよ”(週刊ファミ通, 2019, p.45)

と語っている以上、ミステリーとしてフェアである保証はない。「うみねこ」の時のようにノックスやヴァンダインに則っているかという点から考察を進めることは思い込みを助長してしまう可能性がある。

未来の世界の話であり、科学技術的観点から考察することに限界が生じるとしても、数百年程度では変わり得ないものがある。技術の進歩に対して、ヒトの生物学的進化は数万年単位で緩やかに起こる。すなわち、登場人物の心理学的解釈、ホワイダニットを理解することは、今までの「なく頃に」シリーズ同様有効な手段であると思われる

 

第3項 キコニアと心理学
 キコニアPhase 1における心理学関連内容として「ストレス」と「多重人格」がある。以下に概説をおこなう。

 

ストレスに関する概説

キャラクター紹介Tipsなどから、ストレスはA3Wにおいて重要な並列思考能力の適性をあらわす、P3値に大きな影響を与えることが示されている。本項ではストレスについて概説する。

「ストレス」とはもともと工学用語でゆがみの状態を示すものである。ゆがみを生み出している原因と結果を包括的に表す概念であり、前者はストレッサー、後者はストレス反応とされている。ストレスはFigure 1のように、個人的変数である「認知的評価」を挟むとする学説が一般的である(Lazarus & Folkman, 1984)。

認知的評価とは、個人により異なる、ストレッサーに対する有害性やコントロール不可能性の評価である。同じストレッサーに晒されていたとしても、認知的評価が異なる者同士であれば、ストレス反応のあらわれ方が異なる。

例として「友達にメールを送ったのに返事が返ってこない」という状況を考えてみる。この状況自体はストレッサーである。「きっと忙しいのだろう」「もしかして失礼なことを書いてしまっただろうか」などの判断が認知的評価である。落ち込みや不安の上昇は心理的ストレス反応、血圧の上昇などは身体的ストレス反応、過剰な気晴らしやストレッサーからの逃避などは行動的ストレス反応として考えられる。

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Figure 1.ストレス・モデル(Lazarus & Folkman, 1984 をもとに作成)

多重人格に関する概説

先天性パラレルプロセッサー(以下、CPP)のことをジェイデンは以下のように説明している。

“よく知られる多重人格は、脳内のトラウマ情報などを異なる人格を生み出すことでパーテーションで区切り、トラウマの影響を受けない人格を生み出して自分の精神を守る為に起こる、後天的現象である。しかし、極めて稀に、先天的な生まれついての多重人格が発生する。後天的多重人格と異なり、存在する人格が同時に目覚めているのが大きな特徴だ。それは文字通り、1つの体に同時に2人の意識があることになる。2人はそれぞれ別のことを考え、別のことに注視することが出来る。”(キコニアPhase 1第4章『パラレルプロセッサー』)

“多重人格という言い方は当事者を傷付けるとして、現在では先天性PP(パラレルプロセッサー)と呼んでいる……。”(キコニアPhase 1第4章『パラレルプロセッサー』)

しかし、先天性の多重人格などというものは生物的メカニズム上自然には存在しえない。そもそも人格というもの自体が生まれつき存在するものではないためだ

人格は心理学用語では一般的にパーソナリティと呼ばれることが多い。辞書的定義は“人の,広い意味での行動(具体的な振る舞い,言語表出,思考活動,認知や判断,感情表出,嫌悪判断など)に時間的・空間的一貫性を与えているもの”(神村,1999)である。パーソナリティの語源はペルソナ(persona:仮面)である。つまり生得的に固定の人格というものが存在するというより、外界の環境に適応するために獲得されていくものであるという考えが一般的である。「うみねこ」においても、右代宮理御が右代宮夏妃に受け入れられて育ったカケラとそうでないカケラとでは著しい差が生じていたことを考慮すればイメージしやすいと思われる。

ゆえにキコニアPhase 1作中内で存在しているCPPによる多重人格の状態は、人間の自然な現象ではない。何らかのSF技術により発生した状態か、提示されている情報にごまかしが含まれている可能性が高い。たとえば「CPPとは生まれつき何らかの方法により外的に植え付けられたプログラムである」といった説も採択しうる。そのような仕組みであるならば、「都雄は清廉潔白な人物だが、プログラムとして植え付けられた未知の人格が殺し合いを望んでおり惨劇を起こしている」といった可能性も否定しきれない。そのため心理学的解釈についてはこの章では一旦保留とする(※本書ののちの章で取り扱います)

ちなみにキコニアPhase 1中でも挙げられていた「よく知られる多重人格」は、正式名称では解離性同一性障害と呼ばれている。解離性同一性障害精神疾患の分類と診断の手引(DSM-Ⅳ-TR)』にて、以下のように定められている。
“A. 2つまたはそれ以上の、はっきりと他と区別される同一性またはパーソナリティ状態の存在(そのおのおのは、環境および自己について知覚し、かかわり、思考する、比較的持続する独自の様式をもっている)
B. これらの同一性またはパーソナリティ状態の少なくとも2つが反復的に患者の行動を統制する
C. 重要な個人情報の想起が不能であり、それは普通の物忘れでは説明できないほど強い
D. この障害は、物質(例:アルコール中毒時のブラックアウトまたは混乱した行動)またはほかの一般身体疾患(例:複雑部分発作)の直接的な生理学的作用によるものではない
注:子供の場合、その症状は、想像上の遊び仲間またはほかの空想的遊びに由来するものではない”(American Psychiatric Association,2000)

この疾患は、トラウマティックな体験をした人物がその経験から受けたストレス反応を切り離すこと(解離)が主症状である。人格が複数生じることはその結果に過ぎない。パラレルプロセッサーにおいて人格が複数あることが有利なのは並列思考を分担しておこなえるためである。基本的に他の人格が認識していることを主人格が認識できない解離性同一性障害は、パラレルプロセッサーの適性を高めはしない。「トラウマティックな体験をさせて後天的な多重人格にすることによってP3値を高める」といった取り組みは功を奏さないということである(とはいえ、A3Wにおいて実験的におこなわれている可能性は否定できない)。

本章をまとめると、一般的に「ストレス」とまとめられているものは、ストレス→認知的評価→ストレス反応に区別できる。ストレス反応には心理的・身体的・行動的ストレス反応が存在する。CPPはメカニズム上存在しない疾患であり、何らかの科学技術やごまかしが混入している可能性が高いということである。以上を踏まえて、第2章では現時点で解釈が可能な人物についての掘り下げをおこなう。